黒猫亭舊館
黒猫亭主人謹製藏書録・贅言他
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2008.10.13(Lun)06:22  日本フランス語教育学会2008秋季大会
P1010203.jpg 800×534 73K 10/11〜12は、SJDF [エス・ジー・デー・エフ] の秋の大会。2005年から、秋は関西固定になり、今回は京都外大。大阪市立大学における先輩のF先生が理事をやってらっしゃるため、現場担当となって、大奮闘であった――ちなみに、Fさんは、小生のM入学時にD進学なさった方で、同時にDに入学なさった現阪大のKさんとともに、森門のひとである。当時「語学屋が増えたので読書会をやらう」てふ森本先生のひとことで4名による読書会が始まったのだが、間もなくKさんは留学されてしまひ、森本師は学内雑務に時間をとられて缺席となり、取り残されたわれわれは、「これ、どういふ意味だらうねえ」と、なにやら意味もわからぬまゝ(テキストを選んだのは森本師であった)ふたりきりの読書会を続けた仲でもある――。
 まづは、午から編集委員会。再来年発行の第5号の特集テーマなどを議論する。書評候補書籍担当の小生、リストを作ってなくて顰蹙。もうちょっと待ってね、編集長!
 14時からは大会。土曜も授業をお持ちの方が少なくないうへ、当日朝から出発のひとの便宜を考慮して、午後イチをさらに遅くして始まるのが恒例となってゐるのだ。
 さて、幹事長からの職掌分担のメールを開いたのが前日。例によって機器担当なのだが、F先生と隊長のO先生が大抵のことはやってくださるのでありがたいうへ、事務方のRさんが諸々懇切叮嚀に説明してくださる。流石は私学。尤も、流石は私学でも、翌日の日曜は出勤されないさうで、翌日の分もぜんぶ説明していただいた。
 この日は懇親会もあり、55名ほどが参加、人数が集まるか気を揉んでゐた担当のT先生――オダジョーと結婚した女優さんは現役の教へ子ださうで――も安堵の胸を撫で下ろしていらしった。ちなみに、小生、司会があたってゐた。T先生のご指摘によると二度目ださうであるが、ぜんぜん憶えてない。(^-^;) 前回、フランス語で司会した記憶がないのだが、とまれ今回は拙いフランス語で司会。いやはや。なほ、会場校の挨拶をなすったのは、これまた先輩のM先生であった。
 やはり会場校のN先生には、M先生とともにテント芝居を観に来ていただいたことがあり、懇親会でそのハナシに。彼女も学生演劇出身で――そのせゐか、marivaudienne である。ちなみに、Marivaux の形容詞形は marivaldien だと思ってたら、違ったのね――、アングラっぽいのをやってたさうで。じつは、同じ大学の出身で、現在大阪でテントやってるのを知ってますよてふと、そんな後輩がゐると聞いたことがあると仰有る。「満月工場」のアリイちゃんですが、てふと、「あ、そのひとです」。いや、やはり Le monde est vraiment petit.
 ほかには、NさんとAさんのMac派二大巨頭から、iPhone自慢を左右からのステレオ状態で聞かされる。しかしながら、これまたMac派でかつガジェット好きのコウさんが持ってなかったのが意外。
 二次会・三次会は駿河台のJくん仕切り。阪急終電で三省堂のAさんと帰る。京都に宿がとれず、南方に泊まってるらしい。高校のときは落研だった彼女――得意は「長屋の花見」。元ネタは上方の「貧乏花見」――、昔の辞書復刊が夢ださうで。

 翌日は朝から個別発表。パスがとほらんと焦ったら、じつはLANケーブルがささってなかったとか、急遽マイクをとりに走るなど、機器担当としての務めを果たし続ける一日であった。ところで、相方のN先生は??(^-^;)
 次回は来年5/22、東京某所である。
 
(初日の臺灣の大葉(Da-Yeh)大学のC先生のアトリエ。アジア・パシフィック仏語教師連合との連携により招聘。台湾の高校における非英語の学習者数では、圧倒的に日本語が多いが、二番手はフランス語なのだ)
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