井上ひさし死す

By 黒猫亭主人, 2010/04/13

教室代表就任早々に問題発生とか、フランス語履修者が予想どほり少ない――どうも中国語のひとり勝ちっぽい。五輪と万博効果か?――とか、今年も来年も学会の支部大会を引き受けねばならなさうとか、気がついたら授業初日とか、忘れてた書類多数とか、自宅のリヴィングが芥屋敷状態とか、〆切仕事が依然として終へられないとか、諸々ホットな事態はあるのだが、これについては一言せねばなるまいてふのが、井上ひさしさんの逝去である。

思ひおこせば30数年前、中坊の小生は、図書館にて一冊の戯曲に出会ったことから、演劇てふものに関心を抱いたのであった。その作品の名は『珍訳聖書』。新潮社の描き下ろし戯曲集の一冊である。このドンデンがへしにつぐ、ドンデンがへしてふ「ケレン」は、初期井上作品――亡くなったからこそ、初期とか晩期とか云ひうるのだが――の一大特徴であった。

井上戯曲にはまった小生は、その後も、図書館で『道元の冒険』『十一ぴきのネコ』『藪原検校』『天保十二年のシェイクスピア』『それからのブンとフン』『たいこどんどん』『雨』『イーハトーボの劇列車』『国語事件殺人辞典』『仇討』『吾輩は漱石である』『きらめく星座』などを――まあ後半のは買うてたけど――読みふけり、すっかり初期作品の地口文体、中期作品の静謐さ、後期作品の戦争と庶民、そして、いづれの作品にも通底する、明るい笑ひの裏にべったりと張りついた闇てふ井上ワールドにはまってしまった。とりわけ、『仇討』に典型的な「ギャグが悲劇の伏線となる」構図は、小生が戯曲執筆の際に、つねに目指してゐる結構にほかならない。

はまったのは戯曲だけではない。『十二人の手紙』――仏訳もある――『さそりたち』『月なきみそらの天坊一座』『喜劇役者たち』などの小説は、幾度読み返したかわからぬほどだ。さりながら、不思議なことに、井上小説のエンディングは、戯曲と真逆に「救ひ」を提示したものがほとんどなのだ。

そして日本語論。もともと国語学をやらうと思ってゐた小生にとって、大野晋――女性問題で味噌付けたらしい――と井上ひさしは畏れ多い存在であったが、1985年のNHK「ドラマ人間模様」で放送された『國語元年』は、現在もなほ、授業で言語の政治性について語る際に缺かせぬアイテムのひとつとなってゐる。なにしろ、このシナリオは、小生が講読してゐた中央公論社の『日本語の世界』第10巻「日本語を生きる」に収録されてゐるのだ――シリーズ編者は大野晋と丸谷才一。この巻の責任編集は井上ひさしで、ほかに、筒井康隆、中村雄二郎、佐藤信夫てふ重鎮が執筆者として名をつらねてゐる。ちなみに、この作品、翌1986年に、あらためてこまつ座用の上演戯曲として書き直されてゐるが、やはりテレビ版の方が、ドラマとして優れてゐよう――。

じつは、大阪市立大学入試の二年目――小生、一浪なのである――、当時、新潮社のPR誌『波』に連載中の「自家製文章読本」が国語の入試問題に出たのも、なにかの縁なのかもしれない。もっとも、小生、その文章を読んでゐたにもかかはらず、それが役に立った気は些かもしないのであるが……。

奇しくも本日は、岸田戯曲賞の授賞式――受賞者は、前にワッキーから勧められてゐた柴幸男さん――であった。Ustream で流されたライヴ中継で――司会はワッキー。プレゼンターはナホシ社長――、宮沢章夫審査員が、井上ひさし審査員の逝去を悼むスピーチをしてゐた。さう、彼は死ぬまで審査員でもあったのである。

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2 Comments

  1. kotoe より:

    やっぱり図書館ってそういう意味で出会いの場なんだな、と改めて実感しました。
    そして本はもしかしたら人生さえ動かしてしまうようなエネルギーを持っている、ということも。
    そんな素敵な「出会い」の仕掛け人になれるように自分の仕事(学校司書)頑張りたいです。

  2. 黒猫亭主人 より:

    >kotoe
    図書館司書やった――アルゼンチン国立図書館長もつとめた――作家のホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)は、「本とは記憶の延長だ」といふたけど、図書館自体が、巨大なひとつの書籍(しょじゃく)なわけやね。ト、これも亦、ボルヘス的世界か。