巴里便り

L'Ile Saint-Louis 篇

(2000/06/27-29)


2000/06/27
 ヴァカンスを控へ、洋裝品關係のお店は、本日より一齊に夏期モノのバーゲン (solde ソルド)に突入。買ひ物序でに「ベルスィー 2」へ行きたるも、結局バーゲン品は買はず。この春に、數年振りで失業率 10% を切りたるフランス、好景氣につき、消費購買率も上がれりとの由。尚、失業率の低下は、若年層に顯著。
リュセルネールの踊り場 貼り紙 「人間嫌ひ」の舞臺 客席
リュセルネールの踊り場 「ドア係は研究生です。あなた方のチップが、彼らの唯一の手當になります」。本來客席案内係なるが、全席自由なれば、實際はチケット持ってるか見るだけで、「お好きなとこにお坐わり下さい」てへり。チップを渡すはこのをりなり 「人間嫌ひ」の裝置。芝居中、この椅子を色々に配置せり 客席。先囘に較べ、まあまあの入り
夜のサン・シュルピス教會 バーゲン中 縫ひぐるみ屋さん ジャズ・バー
夜のサン・シュルピス教會 バーゲン中 Balthus (バルテュス)の繪で有名なる Cour du Commerce Saint-André (コメルス [商ひ]・サン・タンドレ中庭)の縫ひぐるみ屋さん ユシェット通りのジャズ・キャバレー Caveau de la Huchette (カヴォー・ド・ラ・ユシェット)
 一旦歸宅の後、リュセルネールにて 2 本觀劇。
 1 本目は La Cie Théâtre des Turbulences (ラ・カンパニー・テアトル・デ・チュルビュランス 劇團大騷ぎ)の C'était vers la fin de l'automne (セテ・ヴェール・ラ・ファン・ド・ロトンヌ それは秋の終はりごろだった)(作・Jean-Louis Bourdon ジャン=ルイ・ブールドン)てふ Stella Serfaty (ステラ・セルファティ)の一人芝居。「わたし、散歩するのが好き……」てな告白的モノローグにて、一人の娘の戀の物語を淡々と綴る。所謂「孤獨な女性の内面を纖細なる臺詞にて餘すとこなく表現」と評さるものならんが、小生の語學力にては臺詞の纖細さ然程感じられず、少々退屈。女優さんの演技も些か大仰なりと思ひしが、これが普通なるか? 60 分。
 2 本目は La Cie Soy Création (ラ・カンパニー・ソワ・クレアスィオン 劇團自己製産(?))の Le Misanthrope (ル・ミザントロープ 人間嫌ひ)(演出・Justine Heynemann ジュスティーヌ・エーヌマン)。早書きの Molière (モリエール)が 2 年も掛かりて 1666 年に發表せる古典を、現代風にアレンジ。オープニングからロック調音樂にて、何やら意味ありげな無言劇を示す。美術も赤と白に拘りたる象徴的なものにて面白し。とは云へ、臺詞はモリエールそのまゝなれば、そのギャップも亦愉快。いづれにせよ若手の意欲的作品なりき。
 21:40 から 2 時間。終はれば既に 23:40。まあ、歩いて歸れるから良いけど。


2000/06/28
 ヴァカンスの間、政府からお金を貰ひて、日本に「研究旅行」に行ける V 君なれば、本日が今學期の最終授業となれり。數囘に渡りし坂口安吾の「風博士」の翻譯も終了す。
 扨、バスにて戻りつゝ、どこの劇場に行くかを思案。結果、19 區は Rue Clavel (クラヴェル通り)なる Théâtre Clavel (クラヴェル劇場)に Le Poulet est rôti (ル・プーレ・エ・ロティ チキンはローストされてゐる)(作・Gregory Questel グレゴリー・ケステル/演出・Daniel Berlioux ダニエル・ベルリユー)てふ芝居を觀に行くことにせり。
 メトロ 11 番線 Pylénée 下車徒歩直ぐなるクラヴェル劇場は、地下に掘り下げた恰好の本格的スタジオなり。間口 5 間、奧行き 4 間、タッパは 7000mm に屆かうてふ廣さにて、バトンも多く、照明の燈體も多く吊られたり。客席は階段式にて、10 人掛けの椅子には折り疊み部もあり、キャパ 120 程。たゞ、今晩の入りは 30 に滿たぬ數なりけるが。チケット購入時にパンフを勸められたるが、10ff の賣り物なりけり。
ベルヴィル通り キオスク クラヴェル劇場 客入れ中の舞臺
パリの北東は盛り上がりたり。Rue de Belleville (ベルヴィル通り)の先にはエッフェル塔が 新聞・雜誌はキオスクで モダン建物のクラヴェル劇場 舞臺は賣れない畫家の部屋
音響オペ・ブース オテル・ド・ヴィル廣場 屋臺 警察・警備隊
階段式客席。右のは音響オペ・ブース。コンピュータ利用せり 巨大モニターに見入る人々 屋臺も出たり 國家警察、共和國警備隊の皆さん方も勿論出動
電燈に攀ぢ登るサポーター 噴水の中のサポーター 滿杯の市役所前廣場 中繼車のモニターに見入るカップル
全て電燈は攀ぢ登るためにあり 噴水の中もものかは 時と共に増える人々 中繼車のモニターを「マイ・モニター」にせるカップル。フロントガラス越しにをぢさんも覗き込めり
巨大モニターに見入る人々 ポルトガルの國旗振る人も フランス勝利の瞬間 歡喜の集團
右端なるが巨大モニター 中央右はポルトガルの國旗 延長ゴールの決まりたる瞬間。こゝかしこにて發煙筒がフラッシュ 燻(いぶ)さる電燈上の人々。何となく火炙りの如し
 芝居は、コメディと銘打つだけありて、お笑ひなり。歌、踊り(?)もありて、燈體の多くは、これらのシーンのためなりき。賣れない畫家とその義弟の暮らせる部屋に、友人のゲイがやってきたところに、セクシー美女が登場、彼女はどうやら義理の兄弟雙方にコナを掛けてたらし。そこに、畫家の個展を開きたいてふ畫廊經營の女性がやってきて、更にセクシー美女の相方にしてアル中の私立探偵が登場、實はゲイの男を、近所で起こっていた「連續殺犬事件」の犯人と疑ひたれど、何でこんな事せにゃならんのかと立腹せるセクシー美女に逃げられ、自殺を圖る私立探偵、しかし美女は戻って來、探偵も掠り傷のみで助かり、さて、眞犯人は……。
 肩の凝らぬ「パターン」なお笑ひ芝居。細かい所作でも笑はせるは流石なるが、義理の兄弟の存在意義皆無なり。
 特筆すべきは、これ迄觀しフランスの芝居になかりけるカーテンコール用の曲のありしこと。又、この曲に合はせて、役者一同のダンスせること。日本のとある劇團を想はしむ。出しなにアンケート求めらるが、内容は、芝居の中身についてのクイズにて、普通のアンケートらしき項目は「どうやってこの芝居をお知りになりましたか」と住所氏名の項のみ。e-mail アドレスの欄のあれるが、今風なり。90 分。
 11 番線にて我が家最寄りのオテル・ド・ヴィルに着く。階段を昇りたれば、何やら林立する人々の後ろ姿。即ち、Euro 2000 サッカーの準決勝(demi-finale ドゥミ・フィナル)「フランス vs ポルトガル」なり。例の市役所前廣場に置かれたる巨大スクリーンにて正に中繼の眞っ最中。フランス・チームの一擧一動にざわめく人々。中にポルトガルの旗振りや葡チームのユニホーム纏った連中も混ぢれども、勿論極く少數なり。大勢の望み通り、2-1 にて愛甚(めでた)くフランスの勝利に終はり、サポーター (suppoteur スュポルトェール)連の喚聲と、ラジオ抔で知りたる運轉手連のクラクションがセーヌ河畔に轟けり。


2000/06/29
 例によりて、ルイィー公園にて仕事の後、徒歩にて北上、11 區は Rue des Boulets (ブーレ [砲彈/炭團] 通り)なる Théâtre Le Bourvil (ル・ブールヴィル劇場)に行く。19:30 より 1 時間ものゝ短篇芝居を三連チャンで觀るためなり。
遊びの相談っ子 三人姉妹
何やら遊びの相談 三人姉妹
 こゝは『パリスコープ』に「キャパ 50」とあり、可成りの小さゝを豫想せしむるも、慥かに小さし。通りから這入れば直ぐ客席。開演 30 分前に行きてちょいと覗きたれば、舞臺はセッティング中なりき。窓口は未だ開きたらずやと問はゞ、あと 5 分。勿論、5 分では開かず、20 分後に開場せり。
 舞臺は間口 3 間、奧行き 1 間半とまづまづ。客席部もさほど狹くなく、サン・ルイ劇場には勝ちたる大きさなれども、椅子が映畫館の如き立派なモノにて、一列 6〜7 席しか取れず、結句、椅子だけで 40 席程。折り疊み式の椅子を加へて、漸く 50 程なり。但しタッパはサン・ルイ劇場に完敗の 2500mm 程。舞臺が 500mm 上がりたれば、舞臺上からは 2000mm 程しかなし。椅子に立ちたる女優さんのアタマ、天井に擦りさうなりき。たゞ、芝居間の照明のシュート變更など、手を伸ばすだけで出來るので便利なり。尤も、照明の燈體、6 發しかなかりしが。
ピクピュス通りの古工場 アラゴ高校
Rue de Picpus (ピクピュス通り)の古工場 Lycée Arago (アラゴ高校) Rue du Faubourg Saint Aontoine (フォーブール・サン・タントワーヌ通り)から Place de la Nation (ナスィオン廣場)を見る
 1 本目は À fond de cale (ア・フォン・ド・カール どん船倉(ぞこ))(作/演出・L. Ritter L. リテール & A. Brulant A. ブリュラン)。キャバレー・ダンサーのフランス女性と、圖書館司書のアメリカ女性が、それぞれの事情で「文無し」(être à fond de cale)になり、船で密航 (voyage à fond de cale) を企て、潛り込んだ船倉で鉢合はせ。最初は反發し合ふも、次第に打ち解けあひ、友情が生まれる……てふ二人芝居。副題に Fantaisie musicale (ファンテズィー・ミュズィカール)とある如く、歌ありダンスあり。日本にもありさうな芝居なるが、役者は下手には非ざれど、上手いてふ譯にも非ず。ストーリーはハート・ウォーミングなれど平凡だし。尚、フランス女性は作者の一人リテールが演ぜり。お客の入りは 30 人程。
 2 本目は再演なるが、本日が樂日の Le Gentleman vagabond (ル・ジェントルマン・ヴァガボン さすらひのジェントルマン)(作・Alexis Sellam アレクスィ・セラン & André Roger アンドレ・ロジェ/演出・Alexis Sellam)は、セラン本人の一人芝居。流石再演に掛かりたるだけありて、50 臺後半の圓熟を見せ付けるが如き芝居にて、内容は、一人の老ストリート藝人の辿りたる人生の囘想を、一人で演ずるてふもの。合ひ間に、タップあり、コクトーやブレルの引用あり。成る程ヴェテランなり。やゝ派手目の芝居は、ストーリーに合はせたるか。芝居が終はったと思ったら、嘘を吐(つ)くことについての一席があり、これが又芝居。それが終はったと思ったら、教會で音樂を聽いた途端、神の偉大さに打たれた、てふ芝居。樂日スペシャルなるか? 薔薇の花一輪づつ持てる身内客で滿杯。
ブールヴィル劇場外觀 直ぐに客席
ブールヴィル劇場外觀。看板はコンパネ製 扉を開けると直ぐに客席
 扨、前の 2 本の押したれば、開演時間も 30 分押しの 22 時半となりたるは、En l'amour ! (アン・ラムール 戀ひしてる[en + le N の形は、成句か coire en ... (〜を信じてる)とかの場合が普通にて、この形を使ふは何か意が在らん)(作/演出/主演・Isabelle Grolier イザベル・グロリエ)の「愛を求める女性」てふ一人芝居にて、以下の 6 つのスケッチよりなれり。(1) 起床。目覺まし時計、珈琲湧かし、留守番電話、テレビ、悉く全自動にて、悉く口をきけり。例へば、珈琲沸かしは、「諒解しました。コーヒーに砂糖とミルクを入れますか? 砂糖を入れる場合は 1 を、ミルクを入れる場合は 2 を、砂糖を入れない場合 3 を、ミルクを入れない場合は 4 を、砂糖もミルクも入れる場合は 5 を、砂糖もミルクも入れない場合は 6 を押してください」てふ式。留守番電話に到りては「こちらは、あなたの留守番電話です。あなた宛に一件の電話がありました。ポールからのです。でもワタシはそれを録音しませんでした……」と、勝手にて、腹を立てる主人公。(2)「愛」を求むる主人公は、そのやうな日々の生活に疲れた擧げ句、精神科醫に掛かるも、精神科醫の無茶なセラピーに嘔吐。(3) 腹式呼吸しつゝ、精神を落ち着けて、己の内面の聲と對話する主人公。たゞ、内面の聲は、お前みたいなのはモテる筈ないと實に反抗的。怒りたる彼女は、「ワタシは素晴らしい女性なり」てふイメージに納得するか出てゆくかと迫り、内なる聲を鎭壓せり。(4) 逐に直接「愛」に訴へ掛ける主人公。諸々話し掛けた擧げ句、漸く「愛」が「こっちに來て」と答へてくれて……。(5) ところが、着いたところは警察署。「愛」と思ひしは警官にて、彼女は賣春婦と間違へられて連行されたるなり。誤解を解くも、人は愛するとき皆詩人になる、てふ主張を誤解され、詩を朗讀してくれと頼まれ、衆人環視の中で、アホな詩を朗讀する羽目に。(6) 傷心の彼女に「心」が「愛してる」と話し掛ける。用心する彼女。然し、今度は、本當か。客席に降りてきて、客に「あなたか」と確認する主人公。結句、「心」は見付からず、「これで芝居は終はりなんですけど、どうしたら……」と、云ひ、袖に向かひて、照明落として、と頼みたるに、照明係の「心」なることが判明、メデタシメデタシ……てふ「青い鳥」式エンディングのハナシ。要するにコメディなれど、まあまあ良くでけた方。尤も、觀客、小生を含めて 3 名。他の 2 名は身内なりせば、終演後、女優さんから「眠たくなかったですか」抔と話し掛けらる。
 終演は 23 時半なれど、最寄りのメトロ Nation より 1 番線にて歸りたれば、23:50 には我が家に戻りぬ。洵(まこと)にパリは小さきが良し。






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