やはりJR東口の会メンバーにして、船場アートカフェのディレクタ仲間でもある、工学研究科の宮本佳明(かつひろ)先生――阪神淡路大震災で全壊認定された生家を残した「ゼンカイハウス」の設計でも知られる――からのメールを、諒解を得て転載する。理学研究科の村田先生からの問への回答としてポストされたものである。
宮本です。
昨日夜、東京を経由して釜石から戻りました。
レスが遅くなってすみません。トイレですが、釜石に関してはまったく問題ないです。
正確に言うと、ボランティアを受け入れられるような地域ではそもそもトイレについて問題ない、ということです。つまり、これは予想通り被災の程度のグラデーションが相当はっきりしていることを意味します。
他にもいろいろ分析して、ようやく被災地全体の構造が見えてきました。メディアではきちんと報道されていないと思います。
途中からどっかで聞きつけたNHKのクルーが我々に帯同しましたが、彼らとて釜石にずっと張り付いているとかで、被災地の全体を把握している訳ではないとのことでした。一番驚いたのは、地震そのものの被害は想像以上に少ない、というか実質「ない」ということです。これは意外でした。被害のほぼ全てが津波が原因です。日本という国において、どうも人類の歴史上初めて建築については耐震設計が「完成」したようです。
以下が重要なのですが、
おそらく広い被災地全体としておよそ4段階くらいに分類できると思います。
仮に、被災の程度の軽い方からレベル1、2、3、4とします。レベル1:若林区を除く仙台。死者と行方不明者の人口に対する率が0.04%、これは「阪神」の時の宝塚市よりもちいさな数字です。この数字には津波に襲われた若林区を含んでいないことを勘案すると、実質は尼崎市以下のレベルだと推測されます。
つまり仙台は被災地なんかじゃない。東北大の友人の先生方にも、オマエらは支援されるより支援する側に回れ!と言うています。レベル2:亘理町、岩沼市、大船渡市など報道されるその他多くの被災地。上記に率は概ね1%台から0.1%台。「阪神」の時の灘区、東灘区、長田区あたりに相当します。人口規模が違うので単純には較べられませんが、大変な状況であることは間違いない。
レベル3:宮古市、釜石市、気仙沼市、石巻市など上記に率が数%の町村です。「阪神」の時に特別にヒドかった地域、例えば芦屋市津知町、同清水町周辺が同じような感じです。ここまでは想像が可能です。今回僕が訪れたのも釜石市なので、東京からの参加者(東大都市工学科北沢猛さん西村幸夫さん系)は相当ショックを受けたようですが、僕ははっきり言って驚きませんでした。
レベル4:ここが問題です。いずれも人口規模1?2万くらいの大槌町、陸前高田市、女川市、おそらく山田町もここに含まれるが不明者がまったく集計できていない。上記に率でいうと10%程度。これは我々にとって未知の領域です。この人口規模のエリアとしては「阪神」でも経験したことのない被害です。
さらには同じレベル3の釜石市のなかでも、津波の上がらなかった「西部」「鈴子」は無傷で通常通りの生活が営まれている。現地の人に案内されてフツーに暖かくて美味いうどんが食えた。もちろん電気もあり。一方、海岸沿いの「東部」は壊滅、テレビの通り。
行く時間がなかったが、鵜住居(うのすまい)という別の入り江はレベル4ではないかと思います。こっちが心配。僕はレベル4に特化したいと思います。という訳で村田先生、僕が今知る範囲ではレベル3までは普通にボランティアが入れます。
今回の(津波)被害は、全壊と無傷に二分されて半壊状態の建物も地区も存在しないということが特徴です。皮肉にも、けが人が少なかったということとパラレルですね。。僕は13?14日と三陸すべてを歩きます。効率的に動くために必ず1人で動く予定です。
目的は、生活を取り戻すために「三陸高地漁村」の敷地に当たりをつけて、実際に設計するためです。ちなみに今回の釜石行きは、仮設住宅のレイアウトを中庭を囲んだ囲み配置に変更させるためのものでした(行ってから知った)。既存の良好なコミュニティを維持するために。
地元(釜石市の担当課長、岩手県の沿岸広域振興局長)の絶大な支持を得て、彼らの名代として走った盛岡の県庁で、福島・宮城・岩手の平等と速度を盾に提案を阻まれました。ただし、国交省を説得してくれたらとの文言ももらったのでその線を責める予定です。まだまだ報告しないといけないことは一杯ありますが、なにぶん時間がないのでこのへんで。