玉木宏主演でドラマになったので有名な――綾瀬はるかを出すべく、設定に大きな変更が加へられてゐる。そして奈良の観光客を増やしたてふが、ほんまか?――直木賞候補作。研究室の助手との折り合ひの悪さから、教授に、大学院を休学して、二学期間てふ期間限定の高校教師を薦められた主人公は、奈良の平城宮跡の横にある奈良女学館てふ女子校に、理科の教師として赴任する。そこで、学生のいたづらに悩まされたり、胡散臭げな教頭に遭ったり、マドンナがゐたりする。
すでに指摘され、作者本人も否定してゐないことであるが、要するにこれは、万城目版『坊っちゃん』である。理系の学生が、東京から西の遠い場所に教師として赴任する点や、買ったものを黒板に書かれる点、ヒロインの名が「堀田イト」である点――『坊っちゃん』の《山嵐》の本名が「堀田」だ――そもそも作中に「坊っちゃん」てふコトバが登場する点もふくめ、にはか教師の「おれ」――この一人称は、当然のことながら、『坊っちゃん』を参照してゐる――の成長譚としての『坊っちゃん』にほかならない。ちなみに万城目は、新潮社の『yom yom』10号で「悟浄出立」てふ――勿論、中島敦の「悟浄出世」「悟浄歎異」を参照してゐる――短篇を書いてゐるが、日本近代文学は結構読み返してゐるのであらう。だが、ちょっと気恥づかしいラストは、勿論『坊っちゃん』にはない、「男の夢」的なものである。
それにしても、日本壊滅の危機の原因が、要するに「いたづら」とは、些かライト過ぎよう。直木賞の選評すにもあるやうに、オハナシの構築に偏りすぎて、細部の手触りが疎かになったとの感が強い。
ところで、「イト」は、『魏志倭人傳』で、邪馬臺國に到る前の国の「伊都國」に由来するのかもしれないし、卑彌呼の後継者壹與(いよ)もしくは臺與(とよ)の両方の頭音に由来するのかもしれない。