万城目学『プリンセス・トヨトミ』(文藝春秋社)

By 黒猫亭主人, 2009/04/11

プリンセス・トヨトミ 『鴨川ホルモー』の京都、『鹿男あをによし』の奈良に続く万城目作品の舞台は、作者の出身地大阪。しかも、万城目は追手門小学校を卒業してゐる――中高は清風南海――ので、中央区に住んでた可能性が高いのだが、その中央区、もっといふと大阪城と大阪府庁、そして空堀商店街付近が舞台の、ファンタジック――別役実の分類にしたがふなら、「現実浸食性」において、寧ろメルヘンチック――な小説である。

とある5月の末、大阪市立空堀中学――架空の学校。おそらく上町中学がモデル――に通ふ2年生の真田大輔は、幼なじみでもある橋場茶子(ちゃこ)と登校する途中、小2のころから願をかけてきた榎木大明神の巳ぃさんに、「強くなりたい」と、これまでとは異なる願をかける。なぜなら、この日から、大輔は「生まれ変はったはず」からだ。一方、会計監査院第六局で「鬼の松平」の二ツ名をもつ副長・松平元は、部下の鳥居と旭・ゲーンズブールを率ゐて、大阪府下の実地調査の出張にでるところであった。松平たちの出張も恙なく終はるかと思はれたが、大輔の「変身」と茶子の勇敢さが、会計監査院トリオと、「大阪」とのあひだにのっぴきならぬ対立を生ぜしめる。だが、これも、じつは仕組まれたものであった。5月末日、「大阪」の秘密をめぐって、「停止」した大阪の行方は、そして、松平副長のとった道は……。
登場人物の名前にいちいち由来があるのは万城目作品の特徴であるが――たとへば、フランス人とのダブルである旭・ゲーンズブールの旭は、秀吉の異父妹にして、家康と結婚させられた旭姫からきてゐる――大輔と茶子の名前は、じつは大きなネタバレだ。くはへて、松平と旭が、じつは大阪出身だったてふことも重要な鍵になってゐるのだが、「大阪人」にはたまらない小説であらう。とはいへ、谷町を中心として、大阪府庁、大阪府警、大阪城、十二軒町、空堀商店街周辺が舞台であり、「大阪女学館」――『鹿男』の奈良女学館の姉妹校。大阪女学院がモデル――やらも出てくるが、『ホルモー六景』で一景をさいた梶井基次郎の墓所――空堀の南、谷町九丁目からちょっと這入った常国寺――には一切ふれてなくて残念。ちなみに、大輔たちの通学路にある巳ぃさんは、あきらかにこゝに相違ない。

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