鈴木志保『ヘブン…』(秋田書店)、『薔薇のかたちのシ』(ジャイブ)ほか

By 黒猫亭主人, 2011/01/04

ヘブン…薔薇のかたちのシ谷啓は昨年急死してしまったが、彼が歌ふ「ざわざわ森のがんこちゃん」のテーマは不滅だ。「がんこちゃん」はもともと小学校1年生向け道徳の番組であったが、小2用の「バケルノ小学校 ヒュードロ組」が2009年3月いっぱいで終了となり、以後は、小1・2兼用として今にいたってゐる。ちなみに、「ヒュードロ組」のテーマはあがた森魚なのだが、こちらの人形のキャラクタ・デザインをやったのが、同志社の国文卒漫画家・鈴木志保であった。

デビューは古く、1989年。すでに1992〜1996年には珈琲と煙草てふ名前の二匹のアシカを主人公とした名作「船を建てる 上」を『ぶ〜け』に連載して、そのコマ割りや台詞の cool さで、知る人ぞ知る存在だったらしいが、小生が知ったのは、遅まきながら昨年のこと。現在も『モーニング・ツー』に連載中の「にんぽぽ 123(ワンツースリー)」がはじまってからのことだ。

この作品は、初期作品もあつめた『END&(エンドアンド)』(2006) 所収の「ロータス 1-2-3」「たんぽぽ 1-2-3」のアナザ・ヴァージョンで、子猫に似たいきもの「こにゃこ」のノラ――やはり「こにゃこ」のにゃこ太を主人公としたのが『ジョニー』で、にゃこ太の髪型は、「ヒュードロ組」主人公のノビローの髪型そっくりである――が、飼はれてゐる人間のウチの内外で出あふさまざまのことがネタとなってゐる。

小生は、そのすっきりした描線――初期からは、だいぶ絵柄が変化して、よりまろやかになってゐる――や、コマ割り、文字の割り付け――こちらは変はらずスタイリッシュ――もさることながら、「ノラがさがしてやらねばなりますまい」(#8)とか、「ぼうしの無いきのこは 長さんのいないドリフみたいなものでちゅ。それは とても よるべないものでちゅ」(#7) てな台詞にまゐってしまった――ちなみに、この回のオチは、カトちゃん風禿ヅラだ――。いま、イチオシの漫画家のひとりである。

しかし、彼女の軌跡をたどると、デビュー作「10円ダイム」――『ベイビーの卵』所収――からすでにして「喪失と救済」を描いてをり、『船を建てる』、「世界の果てのゴミ捨て場に住んでいる女の子がいて…」トはじまる『ヘブン…』――2006年刊行。原型は、1998年の掌篇。『ベイビーの卵』所収――、そして2007年刊の『ちむちむ☆パレード』――「パレード」てふのは、鈴木志保偏愛のイメージらしく、あちこちに顔をだす――にいたるまで、「喪失」――もしくは「廃棄」――と「救済」でつらぬかれてゐる。

『ヘブン…』では、「番人」の女の子は、さいごにゴミ捨て場から「外部」へ出てゆくのだが、ラストにはべつの女の子――ゴミ捨て場に落ちてきた=廃棄された――が「番人」としてゴミの山のうへに立ってゐる。この縞々のソックスをはいた金髪巻毛の子は、『ちむちむ☆パレード』にもあらはれる――この作品には、珈琲と煙草も出てくる――のだが、『薔薇のかたちのシ』――2009年刊行。原型は2007年の掌篇。『ベイビーの卵』所収――では、17歳で亡くなった少女の名前をつけられた薔薇の花「キャサリン・モーレー」として登場する。「シ」とは「詩」であると同時に、もちろん「死」であり、この作品に出てくるのは、死んだ女の子の名前の薔薇、廃線になった鉄道の電車、老いた元車掌、鴉よけに30年間つり下げられてゐた「みせしめのカラス」、はかない昆虫らの、「死」に近しい者たちばかりだ。「死」とは「他者にとっての喪失」ではあるが、喪失されるのが「自己」であるてんにおいて、あらたなフェーズといへるのではなからうか。

だが、挿話として登場する――これまた鈴木志保偏愛の――たんぽぽのやうに、かれらは、旅ののち、ふたたび再生し、「救済」されるのであり、このてんにおいて、ゴール地点は変はってゐないといへよう。

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