(陽の目を見ずに没になった、幻のテクスト版。原稿用紙19枚分)

フランス語ーマニズム宣言!

●はじめに、だ!
 新入生の女の子・男の子たち、入学おめでとう。だれしもが、あのハイイロのジュケンジダイを脱出できて、ほっとしていることだろう。なにしろ、君たちも、これからは、「あんな時代もあったねと」、いつか笑ったり話したりすることができるのだ。
 けれど、君たちは、入学早々、新たな困難に直面する。「共通教育」「総合教育」の履修だ。何を、幾つ、どんな風に選ぶのか。ふつうは、サッパリわからないはずだ。大体、何なのだ、「共通教育」ってのは? 「共通」した「教育」だから「共通教育」なのか? じゃあ、「総合教育」は「総合」した「教育」なのか? 「基礎教育」ってのもあるぞ。しかたない、「シラバス」でも読むか。おゝ! なんだ、これは? まるで『タウンページ』ではないか。こいつを全部読めというのか。大変ではないか、マッタク……。
 そうなのだ。タイヘンなのだ、授業を選ぶということは。しかし、それしきのことでクジケテいてはいけない。この先、君たちは、幾つもの「選択」を迫られることになる。たとえば、今年は幾つ授業を受けるか、バイト先やサークルはどこにするか、授業をサボるかサボらないか、ゼミは、卒論のテーマは、就職先はどうするのだ? 恋人は、デートは、この勢いでHしちゃってもいいのだろうか? エトセトラ、エトセトラ……。
 つまり、「何でもジブンで決めなきゃならない」というのが、「ダイガク」というとこ
なのであり、「ダイガクセイ」というものなのだ。おまけに、「ジブンの責任において」だ。もし、選択の結果が「超メモアテラレナイこと」になっても、だれも責めることはできない。選択をミスったオノレを恨むしかないのである。
 ほおら、もう君たちは困っている。困った君たちは、さっそく入っているサークルとか、学生主催の新歓合宿・コンパとかで、先輩たちに教えを乞うことになる。

――センパイ、語学、何とったらえゝんですか……?

 すると、センパイ、答へて曰く、

――○○語にせよかし
――……なるほど、そうか、じゃ、ま、そうすっか。

 だが、待て、しばし! そんなにアンイに決めてよいものか。一度選んだら、最低2年は、そのコトバと付き合わなきゃいけないのだぞ。週に2時限、180分。年に30週で、5400分。1年で5400分なら、2年で、そう、5400×2分だ。しかも、テストがある。自分の考えで選んだコトバでなくて、テスト勉強なんてやってられるだろうか。考へてもみたまへ、ゼッタイ2年間は付き合わんといかん彼氏や彼女を選ぶのに、他人の言うことなんかで決められるだろうか。
 じゃあ、どうやって選んだらいいのか。ズバリ言おう。「調査」だ。色んな言語(現在、市大〔外部の人は「イチダイ」と呼ぶ。しかし、内部の人は「シダイ」と称する。覚えておいてよいだろう〕で学べるのは、英語を始めとして、フランス語・ドイツ語・中国語・ロシア語・朝鮮語の6言語だ)の中から、自分が、「責任をもって」2年間付き合えるコトバは何か、それを知るためには、調査によって、各コトバをよく知ることしかない。そして、調査は「足」だ。こまめに歩き回って集めた情報こそが、真犯人を追い詰めるのである。
 しかし、だ。さりながら、だ。調査はシンドイ。ツライ。ウザッタイ。メンドクサイことは受験生時代と共にゴミに日に出しちゃって、これからはバライロのジンセイを夢見ていたのに、そんなクルシイことは、もうイヤだ……。という君たちのために、われわれフランス語担当者は、ここに、フランス語の情報を提供することにした。スナワチ、これを読めば、少なくともフランス語にかんしてだけは、歩き回らなくとも、「セキニンある選択」が可能になるのである。ユメユメ疑うことなかれ。

●ファッション・美術・料理の世界は、フランス語のルツボだ!
 本屋さんへ行って、ファッション雑誌のコーナーを眺める。『ELLE』『marie craire』『25 ans』……。すべてフランス語だ。「ブティック」(boutique)「モード」(mode)「オートクチュール」(haute couture) 「プレタポルテ」(pret-à-porter) 「マヌカン」(mannequin) 。これもフランス語だ。ブランド名も、「イヴ・サン・ローラン」(Yves SaintLaurent)「ジャン・ポール・ゴルティエ」(Jean-Paul Gaultier) 「ゲラン」(Guerlain)「エルメス」(Hermès)「アニエス・ベー」(Agnès b.)。もちろん、みんなフランス語だ。高田賢三も花井幸子も〔パリー木下は違うが〕、フランスに行ってビッグになった。
 美術だってそうだ。昔から、パリは若きゲージュツ家たちの憧れのまとであった。「エスキース」(esquisse)「マチエール」(matière) 「タブロー」(tableau) 。美術に詳しくない人でも、「アトリエ」(atelier) 「デッサン」(dessin)、画家の頭の「ベレー帽」(béret) くらいは知っているだろう。ちなみに「クレヨン」(crayon)もフランス語だ(ただし、意味は「鉛筆」だけど)。
 知る人ぞ知る、料理界もフランス語の天下だ。「シェフ」(chef)「グルメ」(gourmet)はもちろんのこと、「ムニエル」(meunière)「ア・ラ・カルト」(àla carte)の他、「オードブル」(hors-d'oeuvre) 「グラタン」(gratin)「カフェ・オ・レ」(cafe au lait)「ババロア」(bavarois)、夏に食べたい「フラッペ」(frappé)に、ちょいと変化してるが「パフェ」(parfait) だって。大体「レストラン」(restaurant)からしてフランス語だ。
 これらの世界に興味のある人は、まず、フランス語を避けて通れまい。

●昔シャンソン、今フレンチ・ポップス!
 今でこそ、やっぱり年取りゃ「演歌」だね、なんてことになってるが、演歌の歴史は、大いに新しい。君たちのお父さん・お母さんが生まれた頃には、演歌なんてなかったのである。昭和の初め頃には、みんな洋楽を聞いていた。これをまねて出来たのが「流行歌」、歌謡曲の先祖だ。洋楽の中には、映画のテーマ音楽なんかも入っていたし、そうじゃないのもあった。フランスの歌も大いに輸入され、みんな口ずさんだものだ。たとえば「巴里祭」(Le Quatorze Jouillet)「巴里の屋根の下」(Sous les tois de Paris)(この二つは、同じタイトルの映画の歌だった)「薔薇色の人生」(La Vie en rose)。これが、いわゆる「シャンソン」(chanson) というやつだ。今60〜70歳くらいの人たちにシャンソンを歌ってあげると、涙を流して喜んでくれ、おまけに一緒になって歌ってくれるはずだ。
 シャンソンの歌い手で有名なところでは、エディット・ピアフ、ジュリエット・グレコ、シャルル・アズナブール、レオ・フェレ、セルジュ・ゲーンズブールなんかがいる。
 この「シャンソン」は、やがて、ロックの世界制覇にともなって変質していった。フレンチ・ポップスの誕生だ。もちろん、日本にも上陸、大いに流行った。懐かしいところで、シルヴィー・ヴァルタン、ミッシェル・ポルナレフ、フランソワーズ・アルディ等々。懐かしくないところも山ほどいるし、CD屋さんへゆけば、現在だって陸続と上陸中であることが、すぐわかる。
 もちろん、フレンチ・プログレなんかもあるけれど、とにかく、音楽の世界だって、フランス語はスコブル元気なのである。

●国際関係は、フランス語で決めろ!
 もちろん、フランス語が根を張っているのは、上の三つの世界だけじゃない。たとえば、君の「フィアンセ」(fiancé(e)) が、バンドで「デビュー」(début) 、「バレー」(ballet)の振り付けを取り入れた新奇なステージでは、「シルエット」(silhouette)になったボーカルとベースが、「アベック」(avec)でサビを歌いあげる。そして、コンサートの最後には「アンコール」(encore)の大合唱。コンサートの主催者としては、観客には「アンケート」(enquête) を取っておきたい、ってな具合。実は、君たち、すでにして、たくさんのフランス語を知っておったのだよ、これが。
 ところで、君たちの中には「バレー」を習ってた女の子もいると思うが、バレーの用語はフランス語だ。「パ・ド・ドゥ」(pas de deux) 「クペ」(coupé) 「エカルテ」(écarté)等々。君たちの中には「フェンシング」を習ってた人はいないと思うが、あの内田有紀のやっていたフェンシングの用語もフランス語だ。「フルーレ」(fleuret) 「エペ」(epée)等々(でも、なぜか「フェンシング」は英語で、フランス語では「エスクリム」(escrime) という)。
 「フェンシング」が出たので(と、ゴーインにいくが)、スポーツの世界を考えると、オリンピックの公用語は英語とフランス語だ。オリンピックの放送を見てると、サマランチ会長の挨拶はもちろんバイリンガルだが、競技の点数だって、必ず、英語とフランス語でアナウンスしている。そう、国際関係は、昔の影響でフランス語が強いのだ。
 たとえば、国連(O.N.U.=Organisastion des Nations Unies)の公用語は英語・フランス語・スペイン語・ロシア語・中国語・アラビア語だが、国連の作業語は英語・フランス語だ。欧州会議の公用語も英・仏語。ヨーロッパ共同体(C.E.=Communauté Européenne)の、公用語は9つだが、常用語は英・仏語だ。さらには、国連の専門機関のひとつ「万国郵便連合」(U.P.U.=Union Postale Universelle)の公用語はフランス語だけだ(だから、昔は、「航空便」といえばフランス語で《Par Avion》と書かねばならなかったのよ)。英語がこんなに強いのは、大英帝国が、船を仕立てて七つの海を征服した結果だが、フランス語が強いのは、かつてはヨーロッパの中心がフランスにあったからだ。なにしろ、昔 (11世紀だから、日本なら『炎立つ』の時代だ) は、イギリス本土にだってフランス語が流入したほどである。19世紀までは、ドイツでも、ロシアでも、社交界のコトバはフランス語だった。それで、外交にはフランス語が使われたのである。今でこそ外交語として英語がハバをきかしているとはいえ、かの「国際法」はフランス語で書かれているのだよ、法学部の諸君!

●兄弟もメジャーだ、フランス語!
 フランス語は、フランスのパリを中心に発達してきたコトバだ。でも、元をたどると、「ラテン語」というコトバに行き着く。ラテン語と聞いて、ラテン・アメリカのコトバだと思った人は、オオマチガイのスットコドッコイだが、実にオシイところもある。なぜオシイかはあとまわしにして、ラテン語の説明をすると、これは、古代ローマ人のコトバだった。だから、現在、ラテン語を日常会話として話している人は、一人もいない。ところで、世界史を思い出してもらうと、紀元前1世紀、ローマには、例の「ジュリアス・シーザー」がいた。これは英語読みで、本来のラテン語読みでは「ユリウス・カエサル」という。このカエサル大将が、まあ、実に戦争上手で、ヨーロッパのあっちこっちを征服し、おかげでローマは超オオキナ国になった。征服した国が、征服された民族に自分とこのコトバを押しつけるのは、今も昔も変わらない。かくしてラテン語は、ヨーロッパ中で話されることになった。ところが、その後数百年、さしものローマもガタがきて、まず東西に分裂。ついで西が滅びちゃって、本家の威光はすっかりダメになっちゃった。その間に、ローマから遠く離れた色々の場所では、日々の生活や、別の民族の侵入のせいで、ラテン語が変化して、今のポルトガル・スペイン・ルーマニア・フランスでは、ラテン語が、ポルトガル語・スペイン語・ルーマニア語・フランス語になっていっちまった。おまけに、ローマのあるイタリア本土でも、南部の方言がのしあがってきて、ローマ本家のラテン語をぶっとばし、今のイタリア語として君臨しちゃったのである。
 というわけで、フランス語には、上にあげたような兄弟(姉妹か?)が存在するのだ(こいつらのことをまとめて、言語学者は「ロマンス語」と呼んだりする)。実際、こいつらは、単語の面でも、文法の面でもよく似ている。だからフランス語を勉強すれば、スペイン語やイタリア語も、「類推」でわかるようになるかもしれない。
 で、最後に「ラテン・アメリカ」の話をしておくと、大英帝国がのしてくる前の、大航海時代のヒーローであるスペイン・ポルトガルが、新大陸を一方的に「発見」しちゃった結果、南アメリカはラテン系のコトバの牙城になり、それで、今じゃ、ラテン・アメリカと呼ばれている、というわけである。ラテンの血といえば、イタリアンかブラジリアンと思っていただろうが、実は、フランス人も「ラテン系」だったのだ。

●フランス語は難しくない!
 さて、エンエン(「蜿蜒」と書く。「延々」とは違う方のエンエンなので注意するよう
に)とゼイゲン(「贅言」と書く。意味は、辞書を見るように)を連ねてきたが、すでにしてセンパイにナニガシカを尋ねた人は、「フラ語(フランス語のことだ、もちろん)は、英語に較べてムズカシイ。特に、発音と文法が」という発言を聞いたであろう。一見、いや一聞、この発言は「フランス語は難しいから、取ると苦労するぞ」と聞こえる。ところがどっこい、驚いたことに、そうではないのである。それを証明すべく、これから、このセンパイ発言を分析することにしよう。
 まず、「英語に較べてムズカシイ」という部分である。一体、何がムズカシイのか? 何も難しいことはない。ぢゃあ、なにゆゑ、センパイは「ムズカシ」がっていたのか? ひとえに、キオクリョクのせいである。つまり、新しいコトバを学ぶのだから、当然、新しいことをいろいろ憶えねばならない。けれど、初めて英語を学んだウイウイシイ中学生の頃と違って、脳味噌はほぼ完成の域に近づいている。昔は一回聞けば憶えられたことが、今じゃ二、三回聞かないと憶えられない。かくして、「フランス語はムズカシイ」となるのである。が、こういう理由だから、「○○語はムズカシイ」のであって、簡単なコトバなぞないというのが実情だ。ためしに、ドイツ語とか中国語とか他のコトバをとったセンパイに聞いてみるとよい。みんな「ムズカシイ」と答えるはずである。「カンタンやで」というセンパイがいたら、それは語学の天才か、なんかカンチガイしている人かのどっちかだ。
 つぎに、「発音」である。「フランス語の発音はムチャクチャ難しい」という人がいる。では、そういう人に尋ねてみよう。英語の母音と子音は、それぞれ幾つずつあるか?母音:9・子音:23。では、フランス語は? 母音:12、子音:17だ。母音と子音、合わせて31。英語は36。つまり、あんまり変わんないのだ。それに、厳密にいうと、英語の方が多い。それも、子音が多いということは、舌の微妙な動きが多いということだ(ちなみに日本語は、母音:5、子音:18。合わせて23)。これを見ても、英語よりフランス語の方が発音しやすいことがわかるだろう。なら、どうして、発音に苦労するかといえば、一つには、長年親しんできた(苦しんできたか?)英語の発音がシミツイテしまっているからだ。発音のメカニズムをちゃんと学び、ちょっと訓練すれば、だれだって発音なんかできちゃうのである。クルマの運転よりずっと簡単だ。第一、クルマの運転と違って、発音がヘタクソでも、人を殺しちゃったりすることがない。
 単語の読みかたが難しいといわれることがある。けど、これまた、「慣れ」のモンダイだ。ここでも、簡単な原則さえ憶えれば、あとはラクラク読むことができる。たとえば、英語では、 ou という綴りには、何通りもの読みかたがある(ex. touch house, soul)けれど、フランス語の ou は、どんな時でも100%「ウ」(ex. tout, ours, sous)なんだから、何てお手軽なんでしょう。
 最後に、「文法」だ。これだって、「慣用」の問題である。われわれは、アタマのやわ
らかい10代の初めから、英語を学んできた。こういう、アタマのやわらかいときには、文法構造やら発音構造やら、「シクミ」を教えずに、とりあえず、これはこんなもんだよ、と丸ごと教えてしまうのがよいとされている。つまり、自転車の乗りかたを身に付けるときとおんなじだ。ところが、10代も終わりに近づいて、アタマはかたくなってきている(大体、脳の成長は、20歳で停止するらしい)。体の反応も、やや遅れ気味になってくる。こうなると、シクミをまず教え、それをよりどころにしながら、徐々に身に付けてゆくほうがよくなる。結局、われわれは、英語を習う過程において、「文法」を、体系的にベンキョーしてこなかったのだ。当然、新しく習う「文法」(あるいは、コトバを話し・聴き・書き・読み・考える上での規則)は、すっかり「未知の世界」である。何を習っても初めてのことなんだから、何やらムズカシイと思うのはアタリマエだ。でも、ここで初めて、ちゃんと「文法」を勉強することで、英語のハテナも解決したりするのである。たとえば、なぜ、主語が三人称単数のとき、s が付くのか? なぜ、 ship を指して、she が使われるのか。なぜ、「〜の」を表す所有形は、「名詞+s」なのか? こいつらは、みーんな、「文法」の世界では、まことに初歩的なことがらなのだ。
 というわけで、君たちは、センパイ発言のココロがわかっただろう。つまり、「フラ語はムズカシイ」というのは、「英語に足をひっぱられるなよ。真っ白なキモチで、知的に学ぶつもりでやれ」ということだったわけで、コリャ、驚いたね。

●終わりに、だ!
 さあ、ここまで読んでくれた君たちは、これでもう、フランス語の通だ。フランス語の玄人だ。エキスパートだ。科学特捜隊だ。いや、これは怪獣退治の専門化だった。とにかく、これをもとにして、他のコトバの先生に、「先生の教えてらっしゃる○○語では……」と尋ねにゆくのもよいだろうし、こんな文章まで書いて勧誘してくれる先生のいるフランス語に即決だ、と決めちまうのもよいだろう。
 いずれにせよ、ダイガクは「責任をもって、ジブンで何でも決めるところ」だ。こんな風にいわれると、なんとなく、キオクレがしてしまうかもしれないが、これは、逆にいうと、「ジブンで何でも決められる」ということなのである。これまでのように、やれ校則(拘束か?)だ、やれ受験に役立つ(受験にしか役立たない?)ベンキョーだと、自由をハクダツされてきた君たちにとって、ダイガクとは、やっぱり、真の「自由大陸」なのだ。ガクモンに燃えるも良し、レンアイにハマるも良し、サークルにかまけて留年するも良し、せいぜい自由意志を行使してほしい。それでは、君たちの学生生活に幸あれ。 ♪あーらしも吹ーけば、花も散ーる……。


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