卒業式2011

By 黒猫亭主人, 2011/03/25

学位記を授与されるマリナ。

かつての仏語の教へ子たちともけふが最後。

てふわけで、卒業式。例によって、田中記念館での学位授与式後、教育促進支援機構の個人表彰式が開催され、小生は、司会をつとめた。

その後は、教員の親睦組織である文学会と教育促進支援機構共催の懇親会。じつは文学会から20万円、教育促進支援機構から5万円が投入されてゐる。

ことしは、教育促進支援機構でも活躍してくれたマサルやマイコ、チィ、メグ、カナコらの卒業の日でもある。みんなフランス語の教へ子でもあった。そのほか、最初の新歓キャンプ時の新入生たちで、ぼくが班長をつとめた第1班の班員たちともおわかれである。つぎに会ふのはいつの日か。

でも、懇親会も最後の方で、サキ――社会学コースの彼女は、仏語の教へ子ではないが、教育促進支援機構がらみでの知り合ひだ――に、「先生は、ずっとこゝにゐるんですか」と訊かれて、いささか感ずるものがあった。「?」と返した小生に、かのじょは「谷先生みたいに……」とつづけたのだ。社会学の谷先生は、定年まで数年をのこしながら、彼女らとともに大阪市立大学を卒業し、春から甲南大学に移籍することになってゐる。つまり、彼女は、小生が、ずっと大阪市立大学文学部にゐるのかと訊いたのである。小生は「ゐるよ」とこたへたが、サキははにかんだやうな表情で、デジカメの再生画面を眺めるだけだった。

卒業式といへば、毎年、羽海野チカ『ハチミツとクローバー』第5巻の丹下先生の

なぁ花本君 教師になんぞなるもんじゃないな どんなに可愛がっても相手は卒業してゆく ばかり 見送るだけの人生じゃ 卒業してしまえば次に会うのは何年も先 ヘタすりゃ二度と会う事もない いったい教師というものは……永遠に卒業できない 学校の亡霊のようなものなんだろうか?

てふセリフが身に染みるのだが、こたびは、萩尾望都の古い名作『アメリカン・パイ』を想ひだす。フランスからの家出少女リューにころがりこまれた歌手のグラン・パは、リューに「どこへもいかないの」と問はれて、マイアミが好きだし、世界中に散らばる友だちが訪ねてきたときのために、ここにゐなけりゃと答へるのだ。ここにゐつづけるてふのも、教師の仕事なのかもしれない。


3 Comments

  1. shiba より:

    おめでとうございます。文学部は華やかでいいですね。うちの先生も市大出身ですが、毎年こんなこと何年もやってるんだよなとしみじみゆうてました。「ゐるよ」と言ってもらえたら学生はうれしいです。

  2. Gide_Conrad_2005 より:

    先生、お久しぶりです。市大も卒業式だったとのことですけど、
    何とも言えず懐かしいです。もう5年も経つのか……。学位を
    頂いた後、とんぼ返りをせざるを得なかったのも、今では思い出(苦い
    思い出?)です。

     けど、当時の仲間達とは今も交流があるし、市大では大切な4年間を
    過ごさせていただいたなと改めて感謝の念を感じています。

     いまでも先生のフランス語の授業の教科書が手元にありますし、
    原書も少し読んでいます(今読んでいるのは『ボヴァリー夫人』です)。
    改めて、ありがとうございました。

  3. 黒猫亭主人 より:

    >shiba
    先生の感慨はたれもおなじやなう。これからも定年までは「ゐるよ」といふわ。

    >カズヤ
    おひさ。もう5年か。キミも、はよ、送る側になってくれたまへ。