1月31

月刊『コーラス』で、ひとりの女性の「脳内会議」――メンバーは5名の老若男女で、合議制で行動を規定してゐる。なぜか議長は男子だ――を描く「脳内ポイズンベリー」の連載を開始した水城せとなだが、こちらはいづれも一昨年から連載中の作品たち。
「失恋ショコラティエ」は、高校入学時に魅了された先輩のサエコさん――そんな美人てふわけでもないらしい――と、漸くつきあったものゝ、じつは二股かけられてゐたことにショックを受け、発作的に渡仏、有名菓子店 L’Atelier de Bonheur [ラトリエ・ド・ボヌール]――「幸福工房」の意。作中では「ボネール」と書かれてゐる――に押しかけ弟子入りし、5年後には、有望な若手 chocolatier として、日本店をまかされ帰国した小動爽太(こゆるぎそうた)のハナシ。サエコさんへの執着甚だしい彼は、実家の菓子店を改装して、ショコラティエ「Choco la vie」を開店準備中、サエコさんの来店に感激するも、じつは彼女は、結婚式の披露宴に出す菓子類の依頼のためであった。
人妻となったサエコさんをあきらめきれず、不倫上等とまでいひはなつ爽太くんには、女子のみなさんはドン引きなのであらうか、それともアリなのかしらん? 薫子さんが気の毒としかいひやうがない。
フランス語原文による会話がたくさん出てくるのだが、ちゃんと監修をうけてるやうで、完璧。ただ、第2話の冒頭に出てくる “Ça faisait longtemps que ne s’était pas revu.”(久しぶりにお会いできてすごく嬉しかったです)てふ文だけは、que と ne のあひだに主語となるべき l’on がぬけてゐる。
「黒薔薇アリス」は、長い時を生きる吸血鬼――だと『ポーの一族』だが――に非ず吸血「樹」たちのハナシ。1908年のウイーンで馬車に轢かれた青年ディミトリはヴァンパイアとなってしまふ。自暴自棄になった彼は、「繁殖すれば死ぬ」てふ知識を得て、幼いころから愛してゐた16歳のアニエスカを陵辱しようとするが、間一髪、彼女は自殺してしまひ、ディミトリの手だてにもかゝはらず、魂を缺いた生ける屍と化してしまふ。そして100年語の渋谷に屋敷をかまへてゐたディミトリ――日本人の養子となってゐて、苗字は「和泉小路」!――は、ある策を弄して、28歳の高校教師・梓の魂をアニエスカの躰に入れる。蘇った彼女はあらたな名を欲し、「アリス」と名づけられ、4人の吸血樹たちのあひだから「繁殖」相手を決められる女王となった。しかし、最有力候補だったレオが消え……。
第2巻の巻末で「お人形みたいなロリ少女をヒロインにした漫画」を描いてみたかったと記してゐる作者さうだが、「心は28歳だけどね!」「体は116歳だけどね!」てふセルフ・ツッコミがはひってゐる。残念!
1月31
『まんがくらぶ』2006年12月(2007年1月号)から連載された4コマ――ときに5コマもあるが――の単行本。連載時のタイトルは「新・自虐の詩」であり、これは、当時『自虐の詩』の映画化が決定したことと関係ありさうだが、この作品の内容は、幸の薄い幸江の生涯に、親友・熊本さんの人生がからむことで名作と化した『自虐の詩』とはまったく関係がない。おなじなのは、たゞの4コマ漫画が、途中からドラマチックな大河巨篇化する点だ。
近未来、ロボットが普及した世界。拓郎の家では、ネット新聞記者の父親も、民間企業のロボット・デザイナーの母親も、それぞれ愛人兼用のロボットを所有してゐる。拓郎自身も、母親が設計した小雪といふロボットを彼女として所有してゐるが、旧式であるために、高校の同級生・広瀬くんがレンタルしてゐる最新型ヒューマノイド亜紀ちゃんと比較して、大層がっかりしてゐる。だが、ドジな小雪は、さまざまな経験をとほして成長し、つひには「心」を持つにいたる。
一方、株価の大暴落で、広瀬くんの父親が経営してゐたIT広告会社は倒産し、亜紀ちゃんも解約され、一家は夜逃げ。その広瀬一家が流れていった先は、煤煙で汚れた空と犯罪のにほひ立ちこめる「向かう岸の街」であった。それを知った小雪は、単身、その街に乗り込んで……。
拓郎も広瀬くんちも裕福な家のボンボンてふ設定は、前半こそ反発をくらふかもしれないが、じつは「向かう岸の街」を描くための伏線であった。
憂国漫画『世直し源さん』と形而上漫画『ゴーダ哲学堂』の作者ならではの怪作であらう。ラストにあらはれる、拓郎の母親の「美しい心をもったロボットがゐれば人間はいらなくなる」てふ苦い独白と、「自我」に目覚め行動する亜紀ちゃんの姿が、作品にさらなる余韻をあたへてゐる。
1月4
これまた贔屓の矢作俊彦が、やはりエンタテイメント系作家の司城志朗と組んだ最新作。昨年6月から10月にかけて『ミステリマガジン』に連載されたものの単行本化である。
『暗闇にノーサイド』『ブロードウェイの戦車』『海から来たサムライ』以来、25年ぶりのコンビ復活ださうだが、『海から来たたサムライ』は、2007年6月に『サムライ・ノングラータ』として改稿・改題されたのが出てゐるし、2008年7月に「溝呂木省吾」てふ胡散臭い名義で出された『半島回収』は、じつは「矢作+司城」だったらしいので、正確には「表だって矢作+司城名義で出された、まったくの新作」が25年ぶりてふことである。
舞台は現代の沖縄。米軍兵と日本女性とのあひだに生まれた金城喜実(きんじょう・よしみ)は、東京に出てヤクザになったが、40を過ぎて沖縄に戻ってきていまの組の世話になった。それから8年、それなりの地位は得たものの、相変はらず中途半端な極道であったが、借金のかさんだことから、パシリに使ってゐる彬とともに、ある作戦をたてる。組の金が集められるときを狙って強奪しようといふのだ。だが、コトは彼の描いた絵図どほりすすまず、軈(やが)て、組全体を巻き込んだ騒動に展開してゆく。だが、その背後には、意外な黒幕が……。
派手にドンパチが繰り広げられるのは、往年どほり。めづらしいクルマも出てくる。ヨシミの女房の「幸せなんてへっちゃらだ」てふせつなさもよい。しかし、恰好よい別嬪さん役が、最後はヘタレになっちゃったのは残念。
1月4
贔屓の作家、小沼丹の文庫本。小沼丹と親しく、後半生はおなじく日常描写派となった庄野潤三も昨年9月に亡くなってしまったが、この『村のエトランジェ』は、作者36歳にして出した最初の本であり、収められてゐるのは「フィクション」ばかりである。舞台となる時空間も現代・日本にとどまらず、1世紀のエルサレム、19世紀のバルセロナにもおよんでをり、ミステリ風の味つけも数篇にみられる。
小生は、基本的に「大寺さんモノ」以降を好むが、小沼丹のフィクションも嫌ひではない。たとへば「白孔雀のゐるホテル」――ト、あへて旧仮名遣ひにするが――は、語り手が学生時代のひと夏を、田舎の湖畔のボロ宿「白樺荘」の管理人バイトをしてすごしたときのオハナシ。ちっとも儲からないにもかかはらず、オーナーのコンさんは、いつか湖畔に白いホテルを建て、そのロビーには白孔雀を飼ふのだと夢を語ってやまない。
白いホテルは迥かに遠かった。それ故にこそ、僕等は直ぐ手の屆く所にあるやうな錯覺に陷った。僕等は醉ひ、ひととき大いに愉しかった。番頭は訊いた。
――それで、いつ頃建ちますか?
僕等はちょいと面喰ひ、それから窗を叩く雨の音を聽きながら考へ込んだ。いつ? しかし、やがては白いホテルが出來上がるだらう。緑に包まれて、そこには秩序と平和があるだらう。再來年か、またその次の年か……。或はもっと先か。しかし、何れは湖畔に僕等の夢が美しい形を取って結晶するだらう。やがて、いつかは……。そして僕等は思った。それは間違の無いことなのだ、と。(p.196)
このラストから想ひおこされるのは、佐藤春夫の『美しい町』である。ひとりの若い富豪が「美しい町」の造営を計画するが、それは――ラストに語られる例外を除いて――夢想に終はる。いづれの作品においても、夢の因果関係はじつは逆であり、「直ぐ手の届」きさうであるがゆゑに「迥(はる)かに遠」くに存在するのだ。そのぼんやりとヴェールをかぶったやうな未来のせつなさに、小生はぐっとくるのである。
ところで、どんどん小沼丹を出してくれる文藝文庫――これで5冊目――だが、せめて旧仮名遣ひにしてくれりゃえゝのに。
1月3

小生贔屓のトジツキハジメ。ほゞ一年前にでた『徒然』は、同人誌掲載作をまとめたもの。BL漫画家の相良直樹は、元ロッカーでいまは巨乳好きのエロ漫画家・恩田寛斗のもとでアシスタントをつとめること5年。そのテクニックと料理他の家事の腕で重宝されながら、じつは彼は、ノンケの恩田に恋ひしてをり、そのことはオープンにしてゐるものゝ、恩田は靡くそぶりをみせない。途中で、助っ人アシスタントに派遣されてくる栗本鹿野子や、恩田の昔のバンド仲間――有栖川と摂津。ふたりはゲイ・カップル――がくははっての、だらだらした日常を描く「徒然シリーズ」。作者みづから「はんなりBL」といふだけあって、すてきなのんびり度である。2篇おまけつき。
『俺と彼女と先生の話』は非BL。高橋謙清(けんしん)は、じつは茶道家の生まれ。かつては神童と囃された彼も、いまぢゃただのフリーター。女子高生めあてに女子校前のコンビニでバイトする日々だ。ある日、祖母からの依頼で、民俗学者の鈴木先生の家での茶事に参加することになるが、それを知った女子高生に「余計なことに首突っ込むと早死にするよ」ト殴られる。鈴木先生を蛇蝎の如く忌み嫌ふ女子高生の佐藤小町は、そのじつ鈴木先生の姪で、かつては親ってゐたのだが、先生が小町の母親、すなはちじぶんの姉の死にさいして、その魂をこの世にひきとめ、復活をもくろんだことから嫌ってゐるのだが、高橋には「ツンデレ」と見ぬかれてゐる。最後は、その魂を巡っての冒険譚に。作者の「怪異好き」が遺憾なく発揮された連作。コンビニのバイト仲間・田中君のエピソードつき。