大阪市立大学インターネット講座2001

《意味》の生まれる場所
――言語理解システムの探究――



第6回



2. 「コード」の共有

 さて、(9)は次のようなメッセージを「発信」しているつもりでした。

(9')
  1. それって、意味無ーい!
  2. ほんとに注目すべきものですよ、その靴
  3. あゝ、そいつって例の「うざった(鬱陶し)くて、ロンゲ(長髪)で、ちゃぱつ(髪を茶色にしている)の男」?
  4. その椅子片付けといて
  5. おれ、金を持ってないんだ
  6. 銀座のねーちゃん
  7. そこ目印付けといて
  8. そこは発音されない語末子音を発音するところですよ
 (9a)は最近の子供たちの言葉のようです。(9b)は若者たちの言葉でしょう。(9c)は少し前の「コギャル語」ですが、すでに死語ですね。(9d)は関西以西の地域の方言で、「修理する」の意味ではありません。(9e)が使われたのは学園紛争世代まででしょうか、「旧制高校生語」の一つで、「ゲルト(Geld=お金【独】)+ピンチ」の略です。(9f)は古い映画のタイトル(だったと思いますが、記憶が曖昧です……)ですが、このような「逆語」は、現在でも芸能界などの所謂「業界用語」として存在しているとされています(8)。(9g)は「芝居用語」で、装置を置いたり、そこに立ったりするために目印を付けることを云います。最後の(9h)はフランス語を習ったことのある方ならご存じの、最初に出てくる綴りと発音の規則の一つです。
 というわけで、(9)の発話を理解できなかった方は、もしかするとこう仰有るかもしれません:「発話の組立方は判るが、そこに用いられている単語の意味が判らない」と。つまり、「バミる⇒目印を付ける」といった「語彙表」あるいは「辞書」を持っていないがために、発話の内容を捉えることができなかったというわけです。
 たしかに、(9a)(9e)(9f)(9g)(9h)にかんしては、簡単な「変換表」(=コード表)を参照することで、ただちに理解が可能になるでしょう。要するに「語彙変換表=コード表」が「共有」されていなかったことが問題だったわけですから、これを「共有」することで、問題は解決です。
 しかしながら、(9b)(9c)(9d)については、些か事情が異なることにお気づきでしょうか。そうです、この三つの発話は、特別な「語彙変換表」を用意せずとも、このままの形で解釈可能だということです。
 まず、聞き手が関西以西での言語経験を持たず、知識的にも知らないとすれば、「なおす⇒修理する」とただちに解釈してしまうでしょう。この場合、「なおす⇒片付ける」という部分が「コード表」裡に存在しないわけですから、「コード非共有」の別ヴァージョンとも云えます。
 ですが、聞き手が関西以西での言語経験を有したり、知識的に知っていたりすればどうでしょう。聞き手の「語彙変換表=コード表」には、たとえば「なおす⇒修理する/片付ける」というふうに書き込まれていることになりますから、「コード共有」です。しかし、(9'd)のつもりで発話したのに、「なおす=修理する」と解釈されては「コミュニケーションの失敗」になってしまうでしょう。つまり、「コード」がすでに「共有」されているにもかかわらず(あるいは「共有」されているからこそ)、問題が発生するわけです。このケースにおいて、「話し手の発信した意味」どおりに解釈されるためには、「一方の解釈を選択/他方の解釈を排除」するような、何らかの仕組みが必要となります。では、そのような「仕組み」とは何でしょうか。
 この場合、容易に考えられるのは、やはり「コンテクスト」でしょう。たとえば、「部屋を整理している」というシチュエーションで(9d)のように発話すれば、(9'd)と解釈される可能性が高くなるかもしれません。もちろん、「その椅子」がたまたま壊れていたりすると、話は再びややこしくなりますが(9)、もっと「情報」を増やして、たとえばこの発話以前に、「不要の椅子と机は押し入れに片付けるという会話をしていた」というような「コンテクスト」を与えるなら、(9'd)と解釈される可能性はより増えるでしょう。つまり、「精確な解釈には情報が必要」ということになります。
 そんなの当然の事じゃないか、と云う方がいらっしゃるかもしれません。そのとおりです。たしかにわれわれは、現実の会話において、明示的/非明示的に、謂わば「情報の共有化」を目指し、その結果、「共通理解」を得ているように思われます。ですがこのことは、「コミュニケーションの成立」において、「コードの共有」が前提ではないことを意味するのです。先の(9a)(9e)(9f)(9g)(9h)のケースを再び取り上げましょう。これらは「聞き手の辞書に当該の語彙項目が缺けていた」ために聞き手が発話を解釈できず「コミュニケーション不成立」に終わった例でした。ですが、実際の発話において、そのような事態が生ずるならば、おそらく聞き手は、たとえば「バミるとはどういうこと?」のような「質問」を発するのではないでしょうか。

(10) A: そこバミっといて
B: なに、「バミる」って?

 おそらく、この(10)が「ディスコミュニケーション」(=コミュニケーション不成立)だと云う方はいらっしゃらないでしょう。たしかに B は「バミる」という語彙を知らないために、A の「発話意図」を理解できませんでした。ですが、その意図を汲むべく「質問」すること(すなわち「情報の共有化」を目指すこと)によって「返信」しています。発話裡の一部(あるいは全部)が理解できないからといって、その発話自体に「意味がない」わけではないのは、こういうためなのです。
 さて、このように考えると、「コードの共有」が「コミュニケーションに先立つ」わけではないことが判ります。言い換えるなら、「コードの共有」は「コミュニケーションの結果」なわけです。
 しかし、と云う方がいらっしゃるかもしれません。(9d)が「椅子を修理する」と理解されたケースにおいて、その結果が話し手にフィードバックされなかった、つまり、そのまま話が進んで行く、もしくは別の話題に移ってしまったとしたら……。この場合、「コード」も「情報」も「共有」されないまま、「誤解」のみが残ってしまうわけです。「伝えたいことが、伝わっていない」、これではやはり「コミュニケーション不成立」なのではないでしょうか。次回は、この点を考えてみたいと思います。


【注】
  1. 「隠語」(jargon)としての「逆語」の歴史は古く、すでに「ドサ回り」の「ドサ」(<里)のように一般語になってしまったものもある。他にも「ショバ」(<場所)、「ドヤ」(<宿)のように「やくざ系」の逆語もあるが、これらはいずれも「香具師」「遊行藝人」などの「非定住民」の隠語であった可能性が高い。
     なお、フランス語での逆語は話し言葉に多く、verlan[ヴェルラン] と呼ばれるが、この名称自体 à l'envers [ア・ランヴェール](逆さまに)という句の逆語である。
  2. もちろんこの場合でも、「壊れているからこそ、片付けてしまえ」という解釈が生まれる可能性を排除することはできない。

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